act.21『トラ猫』『トラ猫』おいらはトラ猫を見てびっくりした。 だってトラ猫は、きれいな赤トラの毛皮をしたメス猫だったんだ。 この猫がキジ猫より強いの? オス猫はふつう、メス猫とけんかしたりしない。 子供を生ませるのだって、メス猫がうんと言わなければ、オスはすごすごと、しっぽを垂らして引き下がるしかないのだ。 猫の世界では、メスはとても大切にされているんだ。 何てったって、おいら達を生んでくれるんだもん。 キジ猫は、まるで猫の置物にでもなったみたいに、おいらを銜えたまま止まっていた。 トラ猫は、顔をそらそうとしたが、おいらに眼を止めると、こっちに向かって歩いてきた。 『ど、どうしよう・・・。』 おいらは思わずしっぽを大きくしていた。 『キジ猫さん。はやく逃げようよ。』 おいらは上目遣いにキジ猫を見上げて、にーにー言った。 ブチ猫は困ったように、キジ猫とトラ猫をちらちら見てたけど、思い切ったように、キジ猫の口からおいらを銜えて取り上げた。 そして、おいらを連れて身をひるがえした。 ブチ猫さん。おいら、おいら達だけ逃げるのはいやだよ。 おいらはまだちびだけど、キジ猫さんを守るんだ。 だって、キジ猫さんは、ママやパパや桃のお家を探してくれたんだよ。 おいらが一生懸命にーにー言っているのに、ブチ猫はおいらを下ろしてくれなかった。 怖けりゃ、ブチ猫さんだけ逃げればいい。 おいらは逃げたりしないよ! おいらは、ぶらぶらになっていた後ろ足を思い切り跳ね上げて、ブチ猫のあごにキックした。 そしたら、ブチ猫のあごが、がくってなって、おいらの毛皮に一瞬牙が食い込んだ。 『痛ッ!』 おいらが叫んだら、ブチ猫はあわてておいらから口を離した。 おいらは、ダッシュでブチ猫から逃れた。 キジ猫のことが、とても心配だったんだ。 おいらがキジ猫とトラ猫のところに戻って見ると、キジ猫とトラ猫は、互いの鼻と鼻を突き合わせるようにして、グルグルと輪を描くようにゆっくりとまわっていた。 キジ猫さん! おいらが声をかけようとしたら、ぐいっと後ろから、おいらの背中を踏んだ奴がいる。 おいらは、へちょっと、なさけなく地べたに張り付いた。 ひどいよ!さてはトラ公の手下だな! おいらはもがもがと、地べたから剥がれようとした。 『おとなしくしてな。』 見上げてみるとブチ猫だった。 おいらはそこでじっと、キジ猫とトラ猫を見ていることしか出来なかった。 『片目。潰れちゃったのね。』 トラ猫が静かに言った。 『片目だけでも、うまいもんは食えるし、楽しい思いもできる。』 『そうね・・・片目になってもあんたは強そうね。』 トラ猫は立ち止まってキジ猫を見つめていた。 喧嘩しようって言ってるの? 『相変わらず喧嘩ばかりしてるんでしょ?』 トラ猫はふにゃッと笑った。 おいらはびっくりした。 トラ猫は、なんだか優しそうな眼をしていた。 『その子猫、あんたの子?』 トラ猫は、地べたにへたり込んでいるおいらを見て言った。 『違うよ!』 答えたのはブチ猫だった。 『大将は、迷子のこいつを送ってきたんだ。』 トラ猫はおいらに向かって身をかがめた。 ブチ猫はおいらから前足をのけると、一歩後ろに下がった。 トラ猫はおいらの顔を、ぺろりと舐めあげた。 『どこかで見た顔だと思ったのよ。 その先の家で、時々窓にすわって外をみてた新顔ね。 女の人が、あんたを探し回ってたわよ。』 『ママだ!』 おいらは跳ね起きた。 ママがおいらを探してる! 『こいつを送ってやってくれ。』 ふいにキジ猫がトラ猫に言った。 そして、ぶらりと背中を向けて立ち去っていった。 おいらがあわててその背中に、 『キジ猫さんありがとう』 と、言うと、一振りしっぽを揺らして見せた。 キジ猫の後を追って行ったブチ猫が、おいらを振り返って、 『おいちび。今度来るときは、ちゃんと道を覚えてこいよ。』 と、にやりとして見せた。 キジ猫もブチ猫も、トラ猫がおいらを苛めるかもなんて、ちっとも心配していなかった。 おいらもなぜだか、トラ猫がちっとも怖くなくなっていた。 おいらはトラ猫と並んで、とことこ歩いていた。 もうすぐおいらのお家。 おいらは立ち止まった。 『どうしたの?叱られるのが怖いの?』 トラ猫が優しく聞いた。 『あのう・・・。』 おいらはトラ猫に、いっぱい聞きたいことがあった。 『こにゃん!』 その時ママの声がした。 ママは片方ずつ違う靴を履いて、おいらのほうに向かってかけてくる。 おいらもママに飛びついていった。 『ママ!』 ママはおいらを抱き上げて、胸にしっかり抱きしめると、不思議そうにトラ猫を見た。 『きれいな猫さん。あなたがこにゃんを送って来てくれたの?』 にゃお~ん。トラ猫は一声鳴くと、ひらりと身をひるがえした。 おいらはあわてて、 『ありがとう。さようなら。』 と叫んだ。 トラ猫が、さようならというようにしっぽを立てた。 トラ猫の背中が、夕日でキラキラと赤く輝いていた。 おいらが、キジ猫とトラ猫のものがたりを知ったのは、おいらがまたおうちをぬけだしたときのこと。もう少し後になってからのことだった。 act.22『お耳でぐりゅぐりゅ』 に続く |